またまた久しぶりのブログ

この記事は約 1519文字です。

半年に1回気まぐれで更新をするブログ。しかも内容は決まって「それまでのサボリを反省」と「今後定期的にブログの更新をがんばる」とつづるだけ。

wordpressの仕様が変わり、文章を書くにもなんだか面倒くさい感じになってきた。こちらは歳を重ねるごとに余計な物を排除していきたいのに、wordpressは余計な機能を次々と追加していくので、互いの距離感が日々広がっていくことを感じる。

ブログ制作とは俺にとって自分の頭の中にある夢の世界を実際に作っていくような感覚なので、楽しい空想は無限に広がっていく。子供の時に秘密基地を森の中に作るワクワク感と同等の感じとでも言おうか。もしくは箱庭ゲームを楽しむイメージ。

しかし、実際は楽しくない。なぜだろう。

いくつか理由を考えてみた。

1、イメージを具現化させる恐怖
自分の頭の中にある物を実際に具体的な形(文章、漫画、音楽など)にしてみると、思い通りにならなかったり、大したことなかったりする。しかし、形にしなければ出来損ないの現実と対峙することはない。「手間をかけてわざわざ不愉快な思いをするのが嫌だ」というごく当たり前の感情により、結果なにもしなくなる。

2、ネットでの批判
現代のネットは他者への攻撃に飢えている人間で溢れかえっている。それは仮に社会通念上、法的、倫理的に問題がないどころか、称えられるべき内容であったとしても、様々な状況が不運に重なってしまえば、まるで大量殺人を犯した人間のように叩かれたりもする。批判なんて気にしなくてもいいという言葉はよく聞くが、これほど匿名で溢れかえっている日本でよくそんな言葉が言えたもんだと呆れる。そして、そのような事を助言してる張本人が匿名なのだから、返す言葉もない。なぜあなた達が匿名を好むのかを人に偉そうに説教をする前に考えて欲しい。

3、「好きなことを書く」と「ブログ作法」の狭間
このブログで大した稼ぎは出ていない。まったく更新をしていないのだから当然だ。収益は一年間で月額千円のサーバー代金が数ヶ月分出ればいい方なので当然大赤字。なのであればいっそのこと「好きなことを好きなように書いたら良い」と何度も開き直って書いてみようとしたが、やはりスケベ心が顔を出す。

「画像があった方がアクセス数が上がるかも。そうだスマホ用に画像調整した方がgoogleの印象がいいぞ」「一応アマゾンリンクを張っておこう、お、それなら楽天やituneも一応念のために。けどリンク切れが面倒だな」「タグをわかりやすくまとめよう」「太字にした方が目立つ」「見出しをどうするか」などを考えると、どんどん嫌になってきて、結局記事を書かなくなる。

このブログは稼ぎたくてやっているが、俺の場合はまず書くことが大事なのだ。ひどい内容の記事だろうが思ったことをちゃんと文章にする。これがなによりも第一優先。ちゃんと記事を書いた後で稼げなかったら、そこで初めて修正作業が始まる。「ブログ作法」など「書かないこと」に比べれば、考慮に値しないくらいの些細な問題だ。

コツコツと少しずつがんばることを真剣に習得していかなければらない。毎日ちょっとずつ記事を書いたり、動画を作ったり。自己管理の術を身につけない限り、この業界で長く成功するのは不可能だろう。若さに頼った勢い任せのやり方は37歳の自分にはもう出来ない。昔のように一気に何かをやって、少々体に不具合が出てもまたすぐに復活してやるというやり方は改めないといといけない。

ここ数年は若い時のように無理した結果、体が悪くなり、精神的に落ち込むの繰り返しだった。年齢の変化を謙虚に受け容れ、自分が出来る範囲でやっていきたい。