行動できない自分 ~やるやる詐欺が習慣化~

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ここ数年「何かをがんばる」と言って「続いた」例しがない。最近では「続く」「続かない」以前の問題として、第一歩目を踏み出すのに半年かかり、やっと動き出しても一日で終了と言うことも日常茶飯事だ。

これを聞いた人間は呆れるだろうが、一番呆れているのは毎日自分をやっている自分自身なのだ。正直うんざりしてる。

若い頃と違い、不摂生をするとすぐに体調が悪くなる。パソコン作業をすると「肩こり、腰痛、眼精疲労etc」にすぐ襲われる。よほど高い意識を持って体調を管理しないといけない。若いときに節制や努力をする精神力が100だとしたら、現在は700くらい必要だと感じる。様々なものが老化により衰えているから、その分、余計に気力がいる。

若いときは怠惰なオヤジを見ると内心見下していた。「なんて醜い生物なんだ」と。「世間にはどうしてこれほど怠惰な人間が溢れているんだ」とも思っていた。同世代の怠惰は許せたが、偉そうな大人の怠惰は許せなかった。けど最近は、そのようなオヤジを見て若干のシンパシー(同情、共感)を感じている自分がいる。今だに軽蔑はしているが、心の中で相手を執拗に責めることはなくなった。

今の生活は飢え死にするほどではない。おそらく数年は親の年金にすがって最低限の暮らしはできるだろう。しかし、現状必要な物が買えないという状況も発生している。例えば、これを執筆しているパソコンがもしも壊れると、途端、途方に暮れる。当然買い換えるための予算の当てなどない。ほかにも、治療中の折れた前歯の状態が悪くなり、インプラントが必要な状況になったとしても、保険でまかなえる代替治療で済まさなくてはいけない。細かいことを言い出したらまだまだある。

ともかく金がいる。だが、今更世の中で働ける気もしない。5年によるひきこもりによってやっと自分を取り戻した。現代風に言えば、「自分探しをしていたら本来の自分が見つかった」といった感じである。もう昔の自分に戻りたくない。いや、もう選択肢などないかも知れない。

いい加減に覚悟を決めて行動する必要がある。動画やブログを命がけで真剣にやらないといけない。時間が無限にあるならダラダラと生きていても問題ないが(世間はどう言うか知らんが)、今年39歳、下手をすればとっくに人生の折り返し地点を越えているかも知れないという年齢である。

自分は人生でがんばったと言える時期が数回ある。いじめられて見返すためにサッカーを始めたとき、ブラジル留学、アメリカ留学。振り返っても本当に毎日を真剣に生きていた。自分を律して毎日努力をし、結果も自分なりに出していた。「あの時の自分」を「周りの環境に関わらず」自分で作り出さないといけない。人間は……いや、自分は追い詰められないと頑張れないようだ。今後の人生は常に崖っぷち。危険地帯である。他人事のように言うが、「甘えは捨て去り生きて欲しい。」

淡々と出来る範囲で毎日を謙虚に積み重ねていく。「理想」を目指すが「完璧」にとらわれず、「強く芯を据える」一方で「しなやか」に生きていく習慣を身につけたい。

不必要な物(ここでいう『物』の意味は物質的な意味だけではなく、習慣や時間の使い方の一切を含むことを指している)は一旦できる限り切り捨てて、金儲けに人生の全てを注ぐ。稼げるようになってから少しずつ欲しい物は手に入れていったら良い。稼げるようにならなければ永遠にすべてのほしいものとは決別だ。

ともかく自分に最低限必要な金を計算したら月額40万の金が必要だと言うことがわかった。なのでこの金額を稼ぐまでは全力で取り組む。

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